私は39歳だ。
妻がいる。
娘がいる。
住宅ローンがある。
来月からはパン屋の店長として働くことも決まっている。
外から見れば、どこにでもいる普通の父親だと思う。
少なくとも、私はそう思っていた。
でも気づけば、私は毎日のようにパチスロへ通うようになっていた。
始まりは本当に些細なことだった。
以前勤めていた会社が倒産し、私は不動産賃貸営業へ転職した。
営業という仕事柄、お客様との雑談も多い。
ある日、パチンコ好きのお客様との何気ない会話の中で聞いた。
「今ってどんな台が人気なんですか?」
すると返ってきたのは、
「北斗ですね。」
という言葉だった。
北斗の拳。
懐かしかった。
若い頃、夢中になった台だ。
興味本位だった。
本当にそれだけだった。
最初はたまに打つ程度だった。
仕事帰りに少し。
休日に少し。
勝ったり負けたり。
趣味の範囲だと思っていた。
ところが気づけば、家にいる時間よりもパチスロの動画を見ている時間の方が長くなっていた。
YouTubeのライブ配信。
実践動画。
設定考察。
寝る前も。
朝起きても。
気づけばスマホには北斗の動画が流れている。
その頃には、ホールへ行く前から頭の中はパチスロでいっぱいだった。
そして私は、大きく勝ってしまう。
北斗で4000枚出した日だ。
今でも覚えている。
当たりが続く。
出玉が増える。
周りの視線が気持ちいい。
脳が痺れるような感覚。
そして私は本気で思った。
「これで食っていけるな。」
今なら笑える。
39歳。
妻もいる。
娘もいる。
住宅ローンもある。
それなのに本気でそう思った。
でもその瞬間だけは、本当にそう感じていた。
正直に言うと、スマスロになって少し残念なこともある。
昔みたいにドル箱を積めないことだ。
今のスマスロは数字で管理される。
便利だ。
出玉も分かりやすい。
でも違う。
昔は箱を積んだ。
店員を呼んだ。
後ろに箱が並んだ。
通路を歩く人がちらっと見る。
あの瞬間が好きだった。
お金が増える喜びだけじゃない。
「今日は俺が勝っている。」
そんな感覚があった。
今思えば私は、お金だけじゃなく、あの優越感や高揚感にも依存していたのかもしれない。
休日になる。
朝9時半。
娘を保育園へ送る。
娘はいつも教室に入ってもすぐには行かない。
ドアのところに張り付いている。
私が見えなくなるまで。
「今日のお迎えはパパ?」
そう聞かれる。
「そうだよ。」
そう答える。
すると娘は満面の笑みで言う。
「やったあ!」
先生に呼ばれても、まだこっちを見ている。
私は手を振る。
娘も手を振り返す。
その姿が本当に可愛い。
私は娘が大好きだ。
それなのに。
私は園を出るとパチスロ屋へ向かう。
途中にある安い自販機で缶コーヒーを買う。
毎回同じ場所。
毎回同じ流れ。
今思えば完全にルーティンだった。
10時。
開店。
私は北斗の前に座る。
娘は17時のお迎えを楽しみにしている。
私はメダルを増やすことばかり考えている。
それでも私は、自分は大丈夫だと思っていた。
仕事もしている。
家族もいる。
住宅ローンも払っている。
だから依存症なんかじゃない。
そう思っていた。
でも少しずつ壊れていった。
仕事帰りにも寄るようになった。
給料日が近づくとソワソワするようになった。
気づけば毎日のようにホールへ通っていた。
私は家計簿もつけていた。
使っているのはMoney Forward MEだ。
銀行口座も。
クレジットカードも。
全部連携している。
だから分かる。
住宅ローンも。
カードの請求額も。
ATMから引き出した金額も。
全部見える。
収支も調べればすぐ分かる。
トータルでいくら負けたのかも分かる。
でも私は見ていない。
怖いからだ。
数字を見れば現実になる。
だから見ない。
でも見ないから、また打つ。
今思えば、本当に馬鹿だったと思う。
そしてある日。
私は1日で6万円負けた。
家に帰る。
妻も娘もいつも通りだ。
問題は私だった。
明らかに機嫌が悪い。
無口になる。
上の空になる。
家族は何も悪くない。
それでも私は、負けた6万円のことばかり考えていた。
そして先日。
私は現実と向き合った。
住宅ローン11万5000円。
管理費の滞納。
カードの請求23万円。
財布には2万円。
口座には6万円。
私は本気で思っていた。
「この8万円で勝負するしかない。」
でも冷静に考えてみた。
私は勝ったらやめる人間じゃない。
勝つまでやる人間だった。
2万円負ける。
取り返そうとする。
口座から下ろす。
さらに負ける。
そして8万円全部なくなる。
その未来を簡単に想像できた。
なぜなら何度も似たことを繰り返してきたからだ。
問題は何も解決していない。
住宅ローンも残っている。
管理費も残っている。
カードの請求も消えていない。
それでも私は、その日ホールへ行かなかった。
借金を完済したわけでもない。
依存症を克服したわけでもない。
ただ、
財布の2万円と口座の6万円を守った。
これは成功談ではない。
どん底から復活した話でもない。
これは、
娘に「今日のお迎えはパパ?」と聞かれ、「やったあ!」と言われた父親が、どん底の少し手前で立ち止まった日の話だ。
そして私は今も、その続きを生きている。

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